[音楽] 名称が決まりましたということではい どうぞ 水島資料交流館という名前でこちらの 施設を運営していこうということにいたし ましたで相性はですね朝顔ギャラリーと いう名前にしたいという風に考えています はいここはちょっと私の方から簡単にご 説明させていただきますがもう戦時中に 三菱重工業のですねあの軍用機の工場が 名古屋から水島へ進出をしてきたその時 からですね水島の重工業化っての始まる わけですが 戦後ですね特にコンビナートが作られて いくと埋め立てがどんどん進んで港湾も大 規模化していくというような流れになり ますでその結果としてですね 1970年代に 大気汚染がですね 深刻化していったこういう呼吸器疾患の ですね患者さんがこう非常に多発をしたと いうことですそのあの患者さんたちが 倉敷公害訴訟っての1983年から始めて ですねこれが実際でですね 原告勝訴の判決が出るでそういう中でです ね 1995年にここにもあの絵が書かれて 掲げられていますが 蘇る水島の街っていうことで 水島再生プランというのを 患者さんたちが中心になって作られてそれ をもとにですね 企業と 患者さんとの間での和解が成立しその結果 として水島財団っていうのはその和解金の 一部を使って 設立をされまして今のまちづくりの活動 っていうところにつながっておりますここ の場所はですねもともと何かって言います と公害患者さんが集ってですね 療養する場所として朝顔会館という名前が ついていてですね台所も実はついている 施設なんですけれどもご飯を皆さんで作っ て食べたりとかあと絵手紙をやったりとか 体操やったりとかカラオケをやったりとか そういうような 療養に使ってきていましたでこの朝顔と いう名前にですねあの実は公害患者さんも 子が反対運動をしてきた方も思いを込めて この名前をつけているんですけれどもあの この水島の地域で大気汚染を 計測するときにですねあの皆さんが軒先に 患者さんたちが軒先に朝顔を 育ててですねでその朝顔の葉っぱにその オキシダントの汚染がどれだけ 影響が出てるかっていうのをマッピングを してですね 汚染がどうなってるのかっていうのを調べ たっていうことを 満島ではあのやってきていました今年 患者会 50年の記念の年なんですけれどもやはり あの患者さんも 裁判終わってからも20数年経っています があの高齢化してきていますのでなかなか ここの場所にですね集まるというのが 難しくなってきていますでその場所をです ねこう資料館にですね変えていくという ことを水島財団の方がですね行ってですね 裁判の資料を中心に整理をしてみんなに見 てもらうそして ここをですね 水島を訪れる人たちが水島のことが学べる 施設 ゲート施設のような形になればいいなって いうことを目指してですね水島を 俯瞰できる地図ですねこれあのちょうど前 に 出ていますけれどもこういう地図を 掲げたりですとか三菱重工業が進出して くる様子 亀島山っていうところから 撮った写真っていうのがありますので そちらの方を 定点観測で撮った写真そして空襲があった 後の写真っていうのが わかるものを 展示してですね水島を学んでいただけると いうような施設を目指しましたそれから 地域の人たちが気軽に立ち寄ってですね 交流できるような学びの場そしてコア機内 ができるような場所ということで 開館をいたしました 去年からですねこの資料館作りっていう 事業を スタートさせているんですけれども ただ資料を整理して公開するっていうだけ ではなくてこちらの資料館がみんなの資料 館になるようにっていうことを目指して ですね水島の地域の歴史の掘り起こしをし
ています公害のことだけにならないように 様々なトピックスでですね例えば水島 臨海鉄道は実はもともと三菱 専用鉄道だったっていうようなことから ですね 紐解いていったりとかあと 乳輪伝っていうですねピンクのお城の喫茶 店がこの地域にはあってです地域が開発さ れていくっていうこと自体がやはりこうが このままでいいんだろうかと思うマスター がですね強度しかになって地域の水害だっ たりとか 繊細だったりとかを記録していくってこと をやったっていう話だったりとかあと朝鮮 学校編っていうのも作っていますが なぜじゃあ水島に岡山唯一の 挑戦学校があるんだろうかそれはやはり この開発の時に朝鮮 由来の方たちがたくさん集められて 労働に従事したっていう過去があるからな んだっていうことですね 一つ一つ明らかにしていて読み物として 見えるようにということをしてますでこの ヒアリングもオープンな形で 複数人で地域の人たちと行ってでみんなで 一度編んでいくパブリックヒストリーの 方法になりますけれどもあの困難な過去 ですね 紡いでいくっていうことをやって公害の 歴史っていうことが皆さんに受け入れて もらえてもらえるように 編んでいくそして地域の人が地域のことに 水島に価値をですねまた見出しながら 語り直していくようなことができるように あの今活動をしています水島にあの来 られるとどんなあの勉強ができるのかって いうことですねはいあの実はですね岡山県 最大の戦争遺跡の 亀じまいも地下工場というのが ありまして 教育資源として 活用したいということを地域の方々がです ね一生懸命運動をされていますこの 噛み締めは地下工場っていうのはなんぞ やっていうことなんですけれども水島航空 機製作所の秘密工場ということで 紙じまいを掘って それ掘ったのがその朝鮮人労働者になるん ですけれども ここで 飛行機を作っていたという場所になります あの平和学習と 校外学習のですね両方ができ るっていうのは水島のかなり大きな 特徴になるのではないかなというふうに 思っているところですそしてですねやはり とても人気の夜景クルーズがあります けれどもあのもちろん夜景クルーズもあり ますしあと 昼間にクルーズするのもなかなかですね 工場が見えてですねもう壮大でですね とても面白い ものになりますし日本の近代が詰まった 場所ですからそれをあの学んでもらうと いうことができるということになります あとですね真ん中に石枠さんの写真があり ますけどあのシュワクさんうちのあの水島 大臣の小学さんですけど彼がバスガイドを するとですねとうとうと水島の歴史をです ねあの語ってくれますのであのぜひですね 来ていただけたらと思っていますはい 研修やの 修学旅行などでこう行きますとこんな人に 会えたっていうことですごくこう出会いの ですね 喜びってのあると思いますが水島では こんな人たちがいますよということで コンビナートに詳しい 古川さんですね コンビナートとこうなってるよっていうの をクルーズしながら説明を受け るっていうのは非常に面白いですし まちづくりに取り組んでいるお母さんから ですねハイセンチの話を聞いたりするのも また面白いところです 盛り上げたいっていうのがですね水島には あってですねイスワングランプリをやっ たりですとか 成功率がすごく高い 婚活パーティーをですねみんなでやったり とかですねそういうなんて言うんですかね 水島にはですねまちづくりに一生懸命 取り組んでいるアグレッシブな面白い方が いっぱいいてですね私もその方々と水島で 出会えたっていうのはすごく宝物だなと 思っているんですけれどもそういう方々と 出会える場所でもあります それからですねやはりあの旅の 楽しみは食であろうということですね一つ はですねあの
居酒屋の大量集積地でもあるという特性は ですねぜひ申し上げておきたいんです けれどもそれだけではないのですねはい一 つで面白いのは水島に来るとですね焼肉屋 さんはすごい多いという 特徴がありますコリアンフードですねが 食べられるっていうことで 鶴橋に負けないぐらい 焼肉屋さんが多いというところがあります のでぜひ味わっていただけたらと思います コリアンフード大変おいしいですねで こうしたコリアンフードはですねなんで 集積してるのかっていうのはやっぱりあの こうアジア太平洋戦争とあの植民地支配の 問題ですねそれから 水島がですね自由化工業化する始発の ところで軍事工業として出発したっていう 歴史的な 背景がますので おいしいものを食べながらもですね やっぱりそうしたあの歴史についてもぜひ 学びながら思いを馳せていただければなと いうふうに思っているということでござい ます水島のことを学べる 冊子が欲しいねっていう話はずっと前から 出ていたんですけれども 急ピッチで行いました主には水島の 成り立ちだったりとか 患者さんの公害 反対運動やってきた歴史そしてこの水島 財団が20年活動してくる中でどういう風 に地域再生をしてきたのかっていうことを 保健の話患者さんの保険の話やウミゴミの 話あと環境学習どうやって進めてきたの かっていうお話と先ほどの水島メモリーズ のことなども 含めてまとめさせていただいてます東京 経済大学の大崎先生のですねこの本の中で も 倉敷COPDネットワークっていうあの 企業やですね福祉の関係者がこう作ってる ネットワークがその大気汚染公害の 被害者の救済の 課題から出てきたわけなんですがそれが ですねその地域の住民全体の 健康づくりの基盤になりつつあるよって いう流れを書いてくださってますというか 公害とかっていうのは人もするとよくこう 住民間の分断みたいなものとかですね サービスだとかいろんなそういう亀裂を 社会に生み出すということが往々にして ありますけれどももちろんそういう歴史は 経験はこちらでもねあるとしてもしかし この 歴史をこれからどうやって後世に 引き継いでいくかまたプラスの価値として 転換していくかっていうところでですね 幅広い 団結ができてるなっていうのはですね本当 に他にもあまりない 素晴らしい というふうに思いますしそういう風土があ るっていう所にですね 私自身すごくこの水島に来た時に何ていう か感慨深いものを感じてるところです やはり様々な立場の方たちがいらっしゃい ますので様々な立場の方たちの思いをです ねこちらの方で紹介するということをして いまして1800円というすごい 破格の値段でですね実は東進堂の方から 出版していただきますのでぜひ手に取って いただけたらと思いますはいあの学術書を 読まれる方はこの手の出版物です 1800円って結構安いなっていうのはお 分かりいただけるかなと思うんですがはい で 今後の資料館の展開ということでこれ録画 でもまた後日配信しようと思ってますので もうその時には 終わってると思いますけども今後の展開と いうことで 林さん是非 来週ですけれども内田達人先生に水島に来 ていただいてですね この資料館こういう集う場所があるという ことと 成熟についてですねあのお話をして いただこうという風に考えております 2つ目は2つ目はですね実は今あの 官公庁授業の 看板商品という事業がコンソーシアムの方 で 採択されていまして水島の中にですね説明 板があまりないということがずっと気に なっていたところだったのでまちづくり 協議会の方たちとも一緒にあと大阪公立 大学の学生さんたちも一緒に ワークショップをしてですねどこの場所に 水島の説明板をつけようかっていうことで 議論してですね今度8カ所ですね説明
板をつけることになりました 内田先生と林さんがどんなご関係かって いうのはあまり言わなくても 私の合気道の師匠でして実は私合気道2段 なんですはい 内田先生にご指導していただきながら 合気道を習ってきているんですけれども 以上をもちまして [音楽] 終了とさせていただきたいと思います本日 はどうもありがとうございました [音楽]