樋口 今回は高杉晋作が活躍するいわゆる幕末の時代背景から お聞きしていきたいなと思います よろしくお願いします 深井 よろしくお願いします まずこの時期ってどういう時期だったかっていう話をしたいんだけど 黒船が来ることは皆さんご存じだと思いますけど、その黒船が来る前の段階からですね 実はもう幕府の権力って結構落ちてきてたんですよ 何でかっていうとこれもフランス革命とかでも散々やったんだけど この前のお金の歴史でもちょっと出てきましたけど実は世界的に 要は封建制がどんどん崩壊する時期だったんですよ この時期ってフランス革命の数十年後ぐらいだよねこれって でやっぱり封建制が崩壊するって何でかっつったらこれもどっちとものところで言ったけど ブルジョワジーと呼ばれる人たち、第三の勢力みたいな人たちがやっぱ育ってきちゃう 樋口 思い出しました資本主義によってものすごい権力が集まってくるから 深井 資本主義が何で起こるかっつったら農業生産力が上がっていった結果 その余剰生産ぶんを生かしたやつらが勃興してきて その人たちが新しい富を生み出してその新しく生み出した富をどうするかでもめる みたいな話をしたじゃないですか それと全く同じことが実は 江戸時代の末期に日本でもやっぱり起こってたんですね ヤンヤン 富の集積の仕方が変わってくるんですよ 樋口 ブルジョワジーが出てきちゃった ってことですね 深井 そうそれまでだから封建的な農業の自給自足的自然経済っていうのをやってたわけ そこを商品経済が浸透してきて、新しい富が生まれてきた でそこに新しい富が生まれるんだけれどもじゃあそれを誰が吸収するか これを全部商人に吸収させてしまうと封建制としては崩壊する でも封建制が全部吸収すると今度は商人がキレる だけど基本的にまあ商人がキレたわけじゃないけどそういう裕福な人たちが実力はあるのに吸収されてしまうというところに対して キレていくという構図でやっぱり同じように崩壊が始まっていくわけです これが始まったのが江戸時代末期で大塩平八郎の乱とかね 樋口 ああ聞いたことある 深井 厳密にはさっきのロジックからちょっとステップがある話なんですけど彼の乱は そういうものが起こっていって天保の改革 というものを幕府がするんですよ そういう今までのシステムで治めきれなくなったので改革しないとねということで 天保の改革というものをします 天保っていうのは1830年から1843年ぐらいの時期で幕末直前ですよね この時期に天保の改革っていうのをやるんだけど、これ老中水野忠邦っていう人ね 教科書載ってますよね、この人がやろうとするんだが 幕府がやっぱり腐敗してる、300年近く二百何十年続いた幕府はだいぶ腐敗していた あとは柔軟性が欠如していた、あといろんなブルジョワが発達してるんだけども その人たちが幕府だけが治められる環境になくてもう それぞれの藩、例えば薩摩藩とか長州藩とかそういう人たちと直接つながり始めてた それによって幕府が改革をしようとしてもガバナンスが利かないってよく僕言うんだけど 要は言うことを聞かせらんない状況ができあがっちゃってて この改革が思いっきり失敗するんですよ これによって幕府主導で世の中を変えるっていうのが一回失敗するんですよ 一方で各藩は各藩ごとにそれぞれ改革するんですよ 同じように藩ごとに同じような悩み抱えてたりするんだけどそれを改革していくわけ 樋口 ちっちゃくやろうとする 深井 そうそう その改革に成功した人たちがいるよね、その人たちが最後幕末に勃興してくる人たち ヤンヤン 雄藩といわれる 深井 雄藩っていわれる 樋口 雄藩 深井 だから長州、まあ長州って雄藩中の雄藩じゃない、薩摩が雄藩中の雄藩ですよね 薩摩とかね、あと土佐とか長州とかそういう人たちが出てきますと で僕すごい面白いなと思ったのは明治維新ってすごい特徴的で フランス革命と近いとはいえ実は全く別でですね フランス革命って民衆が民衆の力によって王権を倒していくみたいな構図だったじゃないですか貴族とか 樋口 そうでしたね 深井 明治維新全く違うんですよ 明治維新は王権を新しくさらに強固な王権を作り直そうっていう動きなんですよね 尊王だから、つまり天皇を用意してますよね 天皇陛下のほうが将軍よりさらに偉いんだぞっていう話をして そこの権力構造にすべてを組み替えるっていうやり方なんですよ 樋口 全然違いますね ヤンヤン ある意味逆だよね 深井 全く逆です、ベクトルが全く逆だし そもそも明治維新を起こしている主体者は武士なんです 下級武士とかで農民ではないんですよ、民衆じゃなくてごく一部の武士たちが周旋していって いろいろほうぼう回りまくったりして、あとはごく一部の雄藩さっき言った 実力の持っている藩がやってる その人たちが新しい封建社会を築いたっていうのが明治維新 だから全然違うフランス革命と 樋口 全然違いますね 深井 フランス革命は生存権とかいう考え方を確立していった革命だったでしょ
明治維新はそういうのを全くなしにして封建制度をある意味保った状態のまんま 近代化にどうやったら進めるかっていう革命なんです 一定成功するんですよそれが でそれが実は今の日本にもずっと影響を与えてる 樋口 え 深井 だってそのまま封建制崩壊一回も多分してないから日本は 樋口 今封建制の中で僕ら生活してる 深井 封建的だよね日本ってそもそも 樋口 ちょっとよくわかってない ヤンヤン お上の言うことが絶対みたいなところありませんか 深井 とてもヒエラルキー構造ですよね、でポジショニング構造ですよね ポジションをとても大切にするヒエラルキー構造の中で 利権にまみれたやつじゃないですか 樋口 そうですねそれって僕は 深井 別に批判して言ってるつもりないですけど 樋口 なんかたまたま国民性がそうだと思 ってたんですけど 深井 国民性ももちろんありますけど やっぱり西洋とかがそういういわゆる民主主義的な革命を起こしたのに対して 明治維新がそういうタイプではなかったっていうのはとても大きかったと思いますけどね 樋口 社会的な構造が一人一人の考え方に影響を及ぼしてる 深井 もちろんそうですよね、それはすごく及ぼしてると思います 樋口 しかも僕気づいてないですけどねそれに対して 深井 気づかないですよねだからフランス革命と明治維新を勉強しないとそれはわからないんです絶対 でも二つわかったらわかりますよね 樋口 俺ちょっと今変な汗じとってかいてるんですけど 何かを僕目覚めようとしてるんですかね 深井 でも本当そうですね 樋口 え ヤンヤン そうだよねフランス革命って 民衆がもう徹底的に王権を打倒する殲滅するっていう方向性で働いてたけど この明治維新は違うもんな 深井 明治維新は全く逆のベクトルです打倒じゃないです ヤンヤン そうそう打倒じゃないんですよね 深井 幕府を打倒してるだけですから ヤンヤン だからある意味イデオロギーベースじゃなくてもう単なる権力闘争 深井 まあある意味でのイデオロギー ヤンヤンそうでもあるよね 深井 別のイデオロギーです 尊王攘夷っていうイデオロギーです でそういうイデオロギーの中から生まれたこの明治維新は全く実は色が違いますと フランス革命とかと近い部分もあるし色が違う部分あって 今の日本にそのまんまつながってますっていう 日本はそのまま第二次世界大戦で負けるまではもうずっとそういうのが続いてますよね 負けたあとも続いているとは思いますけど まあ再三言いますけどいい悪いじゃないからね、いいか悪いかじゃないですからねこういうのは ヤンヤン 権力構造が特殊だったからね日本は 深井 そうその特徴を理解しましょうっていう意味です でペリーが来るじゃないですか ペリーが来たやつって幕府は何も知らなかったみたいな感じで多分いわれてると思いますけど 樋口 黒船襲来みたいな 深井 実はもう既に察知してます ます幕府はいわれているよりは 全然優秀で特に当時の老中の 阿部正弘さんっていう人はとても優秀な、超優秀な人 35歳で筆頭老中 ヤンヤン 内閣総理大臣 深井 そう、35歳の内閣総理大臣 樋口 すごいっすね 深井 封建社会でしかも、めちゃくちゃ強いよ だって25で老中だったよね確か ヤンヤン うんそうそう 深井 相当やばい25歳で大臣と一緒です、大臣とか閣僚です 樋口 めちゃくちゃ優秀やったんですね
深井 超優秀な人がいてこの人とかは オランダとかからもう事前に実は情報を仕入れていて 1年2年以内ぐらいにアメリカ艦隊があなた 方のところに来るよということを実は言ってたんですよ 言ってたというか知ってたんですよ、オランダから聞いてた だけどよくも悪くも対策はしてなかった 来たらやべえって思ってたけどそれしか思ってなかった そういう意味では優秀かどうかは絶妙なんですけど、そういうところはあるんだよねやっぱ日本人って 深井 来たらやばいな、でも来ないかな、来なかったらいいなと思ってたら来ちゃった 樋口 テンパるなあ ヤンヤン 優秀な人材がすごい実は江戸幕府にたくさん集まってて 僕らが思ってる以上のすごく優秀な組織だったんですよ ただ情報収集力はすごく天下一品だったけど 深井 天下一品 ヤンヤン 対応となるとなかなかみんな気が乗らないのもあるし やっぱさっきも 樋口 気が乗らない ヤンヤン うんさっきも深井くんが言ったようにガバナンスが各藩に対して 弱くなったので各藩に例えば海防、海の防衛をしっかりしろって 江戸幕府が言っても別にいいんじゃないみたいな そういうところになる部分もありました 樋口 ばらばらになりかけてたっていうのも一個要因としてあるんですね ヤンヤン そうそう国として全く統一はできてないですよ幕藩体制の下では 深井 特に末期のほうはね でペリーが来るときに阿部正弘さんとして はこれをどうやって乗り切るかっていうことを考えるんですけど 彼がやったことはですね、優秀な人だなと思うんだけど いろんな人から意見聞きたいと思ったわけ だからすべての藩からも意見を聞いたし朝廷も巻き込んで、要はつまり天皇たちですよね 公家とか天皇とかも巻き込んでその人たち全員の力でこれを乗り切ろうとするんですよ それまではそんなことあり得なかったんです 封建制の中でいかに権利を独占するかっていうのが封建制の基本的なスタンスなんで ヤンヤン 独占する能力も強かったしね 深井 そうそう独占する実力もあったしそれまでは幕府も それをやってたんだけどここに至ってはもう相当やばいと 特に彼らはアヘン戦争のことを知ってましたから 中国がどれだけやばい状況になっているか、それが自分たちにとってどれだけ怖いことかっていうことをよく知ってたわけ 麻薬漬けにされて金を吸い取られ続けてる隣の大国を知ってたからですね それについてすごく詳しく知ってたわけ幕府は あのようになってはいけない、でまさか来ないと思ってたけど来ちゃった これをどうするかいろんな人から意見を聞こう で朝廷と雄藩を集めていろんな意見を聞きます 実はここからですね、幕府が崩壊が始まるんです 樋口 あら一見よさそうですよ 深井 これはフランス革命のときに ヤンヤン 面白いよね 深井 やりましたよね、民衆を集めて話を聞くっていうのを ほら、三つの身分を ヤンヤン 三部会 樋口 あった 深井 集めて意見を聞いたら 彼らが政治に参与する意識を持ってしまったがために どんどん加速していったという話をしましたけど、同じことが起こるんです 樋口 うわー国は違えど 深井 そうつまりここで朝廷も政治に目覚めしてしまったし 雄藩もここにきて政治に目覚めてしまって、それまで彼らはやっぱり中央政治に口出すみたいなことは おこがましかったんですよ、だけど当たり 前のことになってきてしまうわけ そこからそれでどんどん加速していく でも阿部正弘は優秀だったと思う でもそれが加速していく、でこれは僕は本当システムの敗北だなと思ってて 封建制がもう対応できないんですよね、こういう外的なそういう ヤンヤン イレギュラーな 深井 イレギュラー案件にやっぱ対応できないシステム システムって今の僕たちの会社とかもそうだと思うんだけど 昔の会社のシステムが今対応できないとかも全く同じことだと思うんだけど このとき日本に起こったのはやっぱりそれまで昔のものを守っていくっていうスタンス あとは独占して権利を限定するというスタンスでしか成り立たないという前提を持った 封建制の最大能力を超えた事案が発生したんですよ、アメリカの来航によって ヤンヤン エイリアンが来たようなもんだからね 深井 そうこれを乗り越えるためにはシステムの変更が もう余儀なくされた、これが明治維新だと思ってる フランス革命もそうだった ヤンヤン
そのシステムをまんまやろうとした動きもあとで説明は出てくるんですけどもあったんですけれども 結局そこでいろんな人を意見を聞きたいというふうに権力にアクセスする機会を与えてしまったんですよ で結局その中でじゃあ要は国をガバナンスを利かせていく立場に上っていけるのは誰かっていう話になって それが最終的に幕府が競り負けて長州と薩摩が明治政府を作ったっていうような流れですよね 深井 で幕府は皆さんご存じだと思うんですけど条約を結んでしまいますよねペリーと ヤンヤン 和親条約 深井 不平等な和親条約を結んでしまいます このときちなみに幕府がどんな気持ちだったかっていうのをちょっとこれ知ってたほうがいいんで伝えるとですね すごく打倒な判断をしてるんです彼らは実は まず彼らはちゃんと情報を収集しているのでアメリカとか西洋に絶対に勝てないことを知ってるわけ 一番最初の時点で だから攘夷論で、要は攘夷論っていうのは外国人全員殺すみたいなイメージなんですけど超簡単に言うと その人たちは何でそういうことを言ってるかというと ファクト認識してないんだよねやっぱ一つは ヤンヤン 実力差 深井 実力差理解してないわけ 樋口 知らない勝てると思ってるんですね 深井 思ってる、だって海外知らないから 一切今まで鎖国してて情報入れてないから 幕府は自分たちだけ入れてるわけ、でそれを開示してないから 自分たちは知ってる状態で絶対に勝てないっていうことがわかってる しかもその当時の幕府は財政がものすごく枯渇してきてるんですよ ここもちょっとさっきのブルジョワジーの勃興と関係しますよね フランス政府もそうでしたよね 樋口 力が弱くなってきてるんですね 深井 そう、もう財政枯渇というかだめになっていってる その中で戦争するわけにはいかないんですよ、幕府としては だから戦争を何としてでも避けたい、だけどアメリカはものすごい強硬姿勢で和親条約を求めてくる これをどうすればいいかっていうのはわからないからいろんな人を集めて話を聞いて 全員の意見を集約させて全員の合意形成を取ろうとしたんです彼らは でも全く取れなかったの、全く取れないっていうのが 出発点となるんだよね 樋口 でも取れない理由もわかりますね 深井 わかるよね 樋口 まず情報が正確に認識できてなかった全員がっていうのと そもそも権力自体が落ちてきてたという 深井 そうだからこれが封建システムの やっぱ限界だったわけよ ヤンヤン もう各藩も力を持ってきてるし 自分たちの思想を持ち始めている藩も出てきたからね独自性を出てきたぶんもあるから 深井 そう自分たちの意見をやっぱり それぞれが持ち始めて、でその意見を持ってる人たちっていうのは ごく少数の知識人たちなんですよ基本的に 佐久間象山とかね有名なので言うと、長州で言ったら長井雅楽っていう人とかですね こういうすごく勉強してる儒学者みたいな人たちがじゃあこの国はどうすべきか っていう大戦略をばんって作るんです でそれを藩が踏襲するというか この案を採用しますみたいな採用の仕方をするんですよ そういうかたちで藩論っていって藩の方針が決まっていくんですけれども この藩論を決めていったときにその次の担い手として出てくるのが 下級武士たちだったんですよね ちょっと飛躍があるんですけど構図としては 幕府が対応できない、でその幕府が対応できないときに幕府にサポーティブではなく 反対的に活動してしまう人たちっていうのは今の封建社会の中で虐げられてる人たちです 樋口 ちょっともう一回言ってください 深井 幕府のことを好きな人たち、要は幕府の中でおいしい蜜を吸ってる甘い蜜を吸ってる人たちは当然幕府を助けます 樋口 そうですね、犬になっておいたほうがいいですからね 深井 はい、幕府を助けない人たちって誰か 甘い蜜が吸えない人たちですよね 樋口 ということですね 深井 これが下級武士とか、あと幕末の雄藩は全員そうです この人たちは関ヶ原の対戦で負けた人たちです 要は徳川家康に貶斥された人たち、いわゆる外様大名と呼ばれる まず長州藩はその大筆頭ですね、家康の ヤンヤン 毛利だよね 深井 相手は毛利だったんです毛利輝元 ヤンヤン うんそう 深井 だったんですよ 大将がね、石田三成は位が低かったんで輝元を大将にした でこの人が負けたので長州はいわゆる大決戦で負けた最大の敵だったわけです 薩摩もそうですよね ヤンヤン うん外様だよね 深井 外様なんですよ
ヤンヤン 外様大名ですよ 深井 関ヶ原で負けたほうです 樋口 優遇されてないんですね 深井 そうこの人たちはずーっと幕府のことが大っ嫌いだったんですよ 江戸初期からずっとね その恨みをためにためてため続けていてそれでこのときに爆発して倒すっていう 関ヶ原以来の構造です 樋口 えだって何百年たってんすか 深井 300年300年もたってないわ ヤンヤン 250ぐらいかな 深井 250年ぐらい260年ぐらい 樋口 いやそれが歴史は面白いなと思うんですけど ヤンヤン 感覚で言うと幕府って言うと もう徳川家ですよね だからみんな一応日本にはたくさんの何々家がある で徳川家が関ヶ原で勝ち組になって一応はみんなのまとめ役みたいになってるけど それは負けた側からして領地とかも削られたりとかしてそりゃあそれは 確かに今おまえは上に立ってるけど俺んちもちゃんともうどんどん金ためてきてるぞみたいな っていうやっぱそういう思想もありますよね、徳川嫌いの 樋口 だって当時の人間全員死んでるじゃないですか300年前だから でもその意識だけ残ってるっていうのは何か終段面白いなっていう 深井 でその中でも下級武士たちは さらに自分がその封建制の中で出世もできないんで封建制だと 自由がないからねその人たちのエネルギーが爆発していくっていう 構図なんだけどもこの人たちも頑張るんだけどフランス革命との 明確な違いは彼らは誰かに力を借りるかっていったら 封建社会の上のほうの人たちの力を借りていくわけです 坂本龍馬も資金調達するときにいろんな大名からお金を集めているし いろんな下級武士たちは動くんだけど晋作もそうですよね 晋作も毛利の殿様からいろんな援助を受けながらやる これがもう全く明確に違うところですよね 樋口 権力を取るために権力を権力をっていって飲み込んでいくみたいな感覚ですよね 深井 そうそう ヤンヤン もう一個これもあとで出てくる論点だけれども 藩論っていうのがあるよね、要は藩の世論っていうのがあるんですよ 藩の世論がある時期尊王攘夷に傾いたりある時期鎖国派っつって江戸幕府を助ける江戸幕府をそのまんま生かしたまんま 開国していくとか変革を遂げていくっていういろんな世論が藩の中でも揺れ動くので その中でまた高杉晋作とかいろんな藩士の動き方も変わってきたりもですよね 深井 そこをすごい注目してみるとより理解しやすいです 今の構図を下級武士が頑張るんだけど結局権力ある人から借りながら 古い権力を同じく古い権力のもう少し下の人たちが倒していって さらに一番古かった権力を持ってくるっていうのが明治維新ですよね、面白いですよね 樋口 面白い最後の一番古かった権力っていうのが天皇ですね 深井 あとこれ今日本側の話なんだけど ペリーについてもちょっとちゃんと伝えていきたいなと思ってるんですね ちょっとヤンヤンのほうからじゃあペリーについて ヤンヤン 意外と皆さんっていうか僕もそうだったんですけど ペリー何で来たのって多分勉強したことないと思うんですよ 樋口 確かに ヤンヤン アメリカ人だっていうことぐらいしか マシューペリーっていう人です全名は 樋口 俺ペリーってニコ動か何かで一回バズったペリーのフラッシュ動画とかしか 深井 ああ、開国してよのやつね 樋口 開国してよしか知らないんで ヤンヤン 知ってます見ました 樋口 ちょっとペリー知りたいです ヤンヤン まずペリーが日本に来たときってもう60歳なんですよ 樋口 え、おじいちゃん ヤンヤン 結構じいちゃんです 深井 じいちゃんだね ヤンヤン で日本を開国させたっていうのが彼のキャリアの中での 最後の仕事です、実は で彼は何者かというと軍人です、もう本当に十何歳からずっと海軍一筋でキャリアを積んできて 今のアメリカでも結構偉人として尊敬されてるんですよね アメリカの海軍ってあるじゃないですか、海軍に蒸気船を導入した偉人としてすごく記憶されてるみたいですよ 樋口 すごいんだ ヤンヤン で彼が何で日本に来たのかっていうと
これはマクロの話とミクロの話があって マクロで言うと当時植民地の時代ですよね 西洋列強がアジアとかいろんなところに進出して植民地を持ったりとか あるいは中国みたいにもう香港とかを租界にしてのさばってきたりする時代が それがもう当たり前とされてるんですよ、もう海外に植民地とか一つぐらい持たないと 文明国じゃないよねみたいなそういったことが当たり前の弱肉強食の時代だった中で アメリカって出遅れてるんですよね なぜ出遅れてるかというと建国してまだ若いからね まだ100年もたってないような60年か70年ぐらいしか建国してないんですよ日本に来たときって で彼らの国として大きな課題だったのは早く海外に行かないといけない 早く海外に行って植民地なり租界なりを作っていろんな国と貿易しておかないと もうこの西洋列強の中で競り負けるんだぞっていう大きな目標があったんですよ でアジアに進出してくるというふうに動くんだけれども大きな問題があって アジアに進出してくるには船が必要ですよね で船って何が一番大事かというと補給が大事なんですよ もうずっと燃料だったり食料だったりあるいはいろんな物資だったりとか だからいろんな港に寄港しないと長いところまで行けないんですよね で当時アジアでの港のほとんどはイギリス のものだったんですよ 思い出していただきたいんですけどアメリカってイギリスから生まれたんですよね イギリスから独立して生まれたんですよ、だからある意味で言うと敵とまではいかないまでも 要は元の宗主国に対するライバル意識っていうのがあるんですよね だから一応イギリスの港とかにも借りて寄ったりもするんだけれども いつこの物資を止められるかってわかんないんですよね そのリスクが実はあったんですよ だからその港をどんどんアジアで作りたいっていうふうに考えてその中で一つ日本が選ばれたという 樋口 もうじゃあ完全に拠点にしようと思って占領としようと思って 楊 そうなんですよね、ただ当時の日本っていうのはもう鎖国してるんで鎖国っていうか 貿易制限政策っていうことを取ってるので 基本的に中国とオランダでしか貿易してはいけなかったんですよね だからそこを何とかしてこじ開けて日本と海外との要は彼らにとっては 戦略的な条約を結ぶためにどういうふうにするのかっていうのを その役割を担ったのがペリーなんですよ それはもう国から命令を下されて 樋口 お達しが ヤンヤン そうそう辞令が下されて、それで来たんですよね 深井 しかもめちゃくちゃ勉強してきたらしいですね日本についてかなり 出版されてる本をすべて読んでどういうふうな戦略で日本人を説得すればいいかみたいなので すごいプライドの高い民族だということを知ってたらしくて 賢くてプライドが高いみたいな、でそれをどうやったら説得できるかみたいな ヤンヤン そうなんですよね、一つはさっき天皇と将軍とかの話が出てきたじゃないですか 日本での二重権力の構造ですよね、権威を天皇が担って権力を江戸幕府が担ってるんだと それを理解してるんですよね、理解してるのもあるし彼が彼っていうか アメリカがアジアでどの国と最初に手を結ぶか、深い関係を築くかっていろいろ考えた中で なんで日本になったのかっていうのも一つ大きな原因があって 樋口 知りたい ヤンヤン 実は別にペリーが最初に日本に来た人じゃないんですよね 実際幕末にかけて周辺にいろんな国からの船が実は結構接触してきてるんですよ 遭難したりとかあるいは本当にペリーみたいにちょっとうちと貿易しようぜみたいな 結構そういうのあったんですよねで あるときアメリカの戦艦が実は遭難した人を江戸幕府が受け入れたことがあるんですよ でその際のちゃんとした対応を見てこの 国はちゃんとまあ文明国までは 言わないけどちゃんと 樋口 野蛮ではないと 楊 野蛮ではないなちゃんと話の わかる民族だなっていうふうに 思われたのが一つ理由としてあります 樋口 だから賢いとは思われてた ってことですよね文化レベルは 深井 そうですね結構やっぱりアジア 人のことを相当ばかにしてたん で彼ら 楊 そうそう人間とは 深井 その中でだいぶ話のわかる というか優秀なほうだと思って たらしいです 楊 そうそうちゃんと遭難した人を 大事にして牢屋の中でもすごい 広い牢屋をあてがわれて布団とか めしとかも絶対欠かせないように したんですよねで最終的にその 遭難したアメリカの水兵みたいな 人が船の上よりも牢屋のほうが よかったみたいなことを笑言った といわれていますそれともう一 つちょっと補足したいんですけれど アメリカがというか列強が海外 に進出していく一つの理由ですよ ね当時イギリスの産業革命をはじめ として産業が勃興してきたんですよ ねで産業勃興する中で一番大切 なのは何かっていうとエネルギー なんですよ石炭とかですよねで その中で石炭とかいろいろエネルギー
の中で何が大事かっていうと鯨 油クジラの油なんですよねなぜか っていうとクジラの油って当時 石油が発見される前に照明用の こういうライトを照らすための 一番メインの燃料だったんですよ 要は産業構造の基本を支えるエネルギー 源だったんですよね何でライト が大事かっていうと工場が出て きたんですよで工場って24時間 稼働とか夜になっても稼働させる じゃないですかああいう照明需要 がものすごく出てきたんですよ ね 樋口 夜でも働けるように 楊 そうですだから当時列強の中で 海外に出ていく船もう本当に多く の捕鯨船が出ていったんですよ ね日本の周りでも確かアメリカの 捕鯨船だけでも実は年間300隻ぐらい もうクジラを乱獲しまくってた その際にやっぱ遭難とか出てき たりするのでじゃあその遭難民 を収容したりとか対応したりとか するための対応をおたくの国で ちょっとやってくれんかとかあるいは その捕鯨船のための補給基地のために 港を開いてくれんかっていうニーズ もありましただから単に貿易のために アジアに進出してきたわけではな くてエネルギー源を確保するための 捕鯨船をそれを保護するために 出できたっていう大きな原因も あります 深井 複合的な原因だよねだから そういう補給地が欲しいとか捕鯨 とかあと港を開きたいとかねあ とはほかにもう植民地残ってない から早く行かなきゃっていう焦 りであるとかそういう複合的な 理由から早めに行かないといけ ないんで来ましたみたいな 樋口 でも来るべくして来たみたいな 感じしますよね 深井 そうですね来るべくして来て ますねで当時イギリスとかもう そろそろ終わりますけどイギリス とかはやっぱり中国とかインド とかの植民地で結構苦労してたん でもうそれ以上新しいとこをばん ばん増やすみたいな感じではな くて日本にも思いっきり戦争仕掛け るみたいなもうやりたくないなみ たいな感覚があったので攻めて きてるわけではない 樋口 パートナーシップ組んでみたいな 感じがあったんですかね 深井 うんいろんな本あるけどそう やって攻めてきてるわけでもない のに攘夷の人たちは過剰に反応 しすぎだみたいな本もあります けど僕結構とんでもねえなそれ はと思っててあの態度で来られた らそりゃキレるよって思うよ 楊 笑 樋口 結構がっつり 深井 もうがっつり全然失礼です 本当に対等ではないですよ全く それはちゃんと反抗するという かこちらがちゃんと外国戦略として もそうですけどしっかりとそう やって反抗の意を示したからこそ だと思いますよあのあとの発展 はあそこでびびってたらもう全 く違うことになってるんでやっぱり 攘夷ではロジカルではないしむ ちゃくちゃなことは言ってるけど やっぱりあの精神自体はあれぐら いの感じでいったことが結果的に やっぱりブランディングにはな ったんじゃないかなと思ってます けどね 楊 ペリーなんて手紙の中で日本 を開国させるにはもう脅ししかない よねって言ってますからね 深井 でも思ったより脅せてない からね彼らはやっぱりもっと簡単に 脅せると思ってましたからね
樋口 じゃあ結構強く反撃したっていう のが 深井 そうめちゃくちゃ思ったり より全然みんなすごく反撃して くるわけそれはすごく手を焼いた というか好きにできるという感覚 がなくなっていったと思います 楊 そうだよね中国の清と違って 清は自分の実力差を全く自分で 自己分析できてなかったと思う よね 深井 自己分析もしないしほかの国 に興味ないからさ中国王朝って で分析もしてないしやっぱ来た ときに反抗もすごい少ないという か規模に対して自分たちのでかさ に対して反抗規模もやっぱりすごい 少なかったりだとかしてたから それに比べればね 楊 うん江戸幕府はよくやったと思う よ普通に 深井 よくやったと思う本当システム の敗北って感じあの制約条件で はいどうぞじゃあ江戸幕府この 条件で経営してくださいぼーん って渡されたらむずいでしょう ね笑 楊 だって植民地にされてないの がすごいよね本当に 深井 すごいすごい 楊 普通にすごいよ 樋口 僕とかもうそこすらも知らない 状態でいろいろ普通に生きてます から今日本で 楊 当時のある列強がほかの国と 取り結ぶ関係って四つしかないん ですよ列強同士の関係植民地関係 で不平等条約関係あ三つかあ四 つか 深井 三つね 楊 三つかごめんなさい笑 一同 笑 深井 三つな 楊 ごめんなさいその中でもう植民地 にされないのが自体がすごかった ですよね 樋口 普通に僕が教科書で読んで ふーんとか言ってたぐらいのことが 結構ひもといてくとこういう状況 だったっていうのが 深井 そうだからみんな本気で考えて こういう結果になったってこと ばかじゃないってことですこの 当時に生きてた人たち全員がね 樋口 なるほどですねやっと時代背景 がインストールされた感じがします ということでございまして次回 はいよいよ高杉晋作の人生をまずは 幼少期から深掘りしていきたい と思いますよろしくお願いします 深井 はいお願いします 楊 ありがとうございます